独特の雰囲気だけで相手を無力にする 天才 家長 昭博

久保建英がレンタル移籍したマジョルカには過去に大久保 嘉人とこの天才が在籍していた・・

地元長岡市の長岡京サッカースポーツ少年団からガンバ大阪ジュニアユースに入団。ガンバ大阪ユースチームに昇格し活躍し、高校2年時にトップ昇格、ガンバ大阪とプロ契約を結ぶ。

当時オシムが指揮を執ったフル代表に選出されたが、好不調の波が激しくガンバ大阪ではレギュラーとなれず・・

出場機会を求めて大分トリニータへレンタル移籍するも右膝前十字靭帯損傷により全治6ヶ月の重傷を負った。その後入団テストを兼ねてイングランド(2部リーグ)プリマスFCの練習に参加。クラブ首脳陣から高い評価を受けたが労働許可証取得ができず契約できず、大分への期限付き移籍期間を1年間延長。

怪我も癒えトリニータでも活躍するとセレッソ大阪に移籍しACL出場権獲得に貢献した。
その後。スペインマジョルカに移籍

マジョルカでも活躍も監督交代により出場機会を失い蔚山現代(韓国)に期限付き移籍。活躍するが
古巣のG大阪からのオファーによりへ期限付き移籍。最多の得点を記録したが、チームは成績不振で史上初のJ2降格。

複数のJ1クラブからオファーが届いたがG大阪と契約を延長した。2013年6月、期限付き移籍満了により退団し約1年半ぶりにマヨルカに復帰し、リーグ戦7試合に出場。

その後大宮アルディ―ジャへ完全移籍。シーズン中盤以降はゲームキャプテンを任されるなど活躍もチームはJ2へ降格。

他のJ1チームからオファーがあったが残留しクラブ初となるJ2優勝および1年でのJ1復帰に貢献した。 30歳を迎えて「再び挑戦したい」という思いから川崎フロンターレに完全移籍で加入。シーズン開始前の怪我で出遅れたものの、徐々にチームにフィットし、最終節での逆転J1優勝、川崎のJ1初優勝に貢献した。オフには古巣のG大阪から獲得オファーを受け心が揺らいだが、最終的には川崎への残留を決断。

その後は益々チームに落ち着きを生むキープと左足から繰り出されるパス・シュートで川崎のリーグ2連覇に大きく貢献。最優秀選手賞(MVP)及びベストイレブンを受賞。

ちなみに・・ガンバユースの出身で、ユースチーム在籍中にトップ昇格を果たしてた稲本潤一・新井場徹に次いでクラブ史上3人目。

本田 圭介とは同期(東口とも)

家長と同じポジションのため本田はジュニアユースからユースに昇格できず星稜高校へ・・

本田はその挫折を乗り越え日本代表まで登りつめ・・

エリートであった家長の方は怪我などで不遇の時代も経験するもやはりここまでの活躍するプレーヤーとなっている

ちなみに本田と家長はかなり仲が良さそう・・

家長が最優秀選手賞(MVP)を受賞時にはビデオレターで祝福。照れ屋な二人の微笑ましいエピソードです・・

どうでもいい話ですが・・・

トリニータの強化部の人ってかなり凄い・・・

見る目があるというか・・地方クラブなのに・・

地元の銭湯で・・家長を見かけたことがあることが私の小さな自慢です・・

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