月別アーカイブ: 2019年9月

正確無比 ブンデスリーガにおける日本人の知性を受け継ぐ 長谷部 誠

長谷部 誠はなぜこんなにブンデスリーガで活躍し続けることができるのだろうか・・

浦和レッズに加入当初はどっちかというとドリブラーというか前への推進力が魅力のアタッカーのイメージ・・

日本でもボランチとして活躍するもドイツに渡りサイドバックやセンターバックを経験・・

日本代表ではボランチのイメージが強いがドイツでは「リベロ」というポジションを確立。

昔は皇帝べッケンバウアーやなどドイツにはリベロという特殊なポジションに特別な思いがあり、こなせれば賞賛され特異な選手となる・・

長谷部は大柄でもなく香川や乾などの日本人特有なテクニックプレーヤーではない・・

だが何故重宝させるのであろうか・・

そのカギは奥寺康彦にある・・

日本人初のプロ選手である奥寺はドイツリーグでテクニックに優れ活躍・・しかしサイドバックでの出場もあり純粋な攻撃的選手だったわけではない・・

東洋のコンピューターと言われた奥寺は正確なキックを武器に活躍するもキーパー以外のポジションは全て経験・・

本人曰くサイドバックでの出場が多かったのは「できる選手がいなかった」と語っているが、あながち間違いではないのであろう・・

大柄なドイツ人の中でテクニックもありキックが正確で真面目でディフェンスを忠実にこなし、ゲームを読むことのできる奥寺の知性を重宝したのである。

ドイツという国民性は日本と似ており勤勉で献身性を評価される。そしてデュエル。この国民性は日本人は過去活躍している要因に大きく関係していると思われる。

バイエルンで協調性のない自由なプレーをすることが許されるのは外国人ではないだろうか(ポーランド人?フランス人?オランダ人?コロンビア人?)ドイツ人選手は規律を守って真面目なイメージを持ってしまうのは私だけではないはず・・

ドイツ人のイメージを否定したのはシュスターぐらいか

このように規律を守り献身性を好むドイツ人 ブンデスリーガにおいて長谷部のパーソナルティーは適材適所

リーダーシップ・献身性・ファイティングスピリットそいてもっとも顕著なのが知性!サッカーIQの高さには脱帽。

奥寺から長谷部へ

ドイツサッカーの歴史に日本の知性を受けつないで・・


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ホぺイロ サッカーの神は細部に宿る

ホぺイロとはプロサッカー選手の用具や身の回りのものを管理・ケア・準備する人、仕事のこと。

ポルトガル語で「用具係」の意味。

世界のトップリーグには昔から浸透しているが、日本では1990年代に入ってから読売サッカークラブにブラジル人ホペイロが採用されました。日本人初のプロ・ホペイロは松浦紀典氏。

FC東京のホペイロ・山川幸則が、4月27日に放送されたサッカー番組『FOOT×BRAIN』にゲスト出演。興味深い話ばかりでした・・・

サッカーファンの多くが知る役割だが、Jリーグ55クラブでホペイロが所属するのはFC東京を含めわずか5クラブしかないとのことです。

FC東京の練習は午前10時にスタートするが、朝7時にはクラブハウスで仕事を開始。練習着など練習で1人の選手が使うのは20アイテムあり、選手・スタッフを合わせて54人分の洗濯量は約1,000点。それを1人で。

中でも注意を払っているのがスパイ。同じ種類のスパイクでも選手に合わせてカスタマイズされ、スパイクのポイントは選手の好みやプレースタイルに合わせてミリ単位で細かく調整しているそうです

選手が100%の力を発輝できるように100%で準備する・・

コンマ何センチ何秒の違いで得点や失点が生まれる世界だからこそ選手だけではなく裏方も含めた全員がプロじゃないといけないんだろう・・

その辺読売クラブ(現東京ヴェルディ)は進んでたよなー

ブラジルのプロチームを手本にしてたから選手もクラブもアマチュア時代からプロを意識していたよな~

ジーコが鹿島アントラーズに来た時もそうだけど・・

勝つために準備を怠らない・・

地味だけど今年のFC東京の快進撃はホぺイロのミリ単位の気遣いが影響しているんだろう・・


サッカーランキング

へベレン移籍決定 小林 祐希 この男が日本の常識を変える!

ヘーレンフェーンを退団して所属先が決まっていなかった小林 祐希のベルギー へベレン移籍決定 背番号10 (10番がよく似合う)

この天才について少し説明・・

JACPA東京FCに所属していた小学6年には、出身地の至近距離にクラブハウスを持つFC東京からも高く評価され、U-15チーム入団が決まりかけてたみたいですけど、小林の獲得を熱望するヴェルディジュニアユースは、ヴェルディが主催する小学生の練習会会場にFW森本貴幸(現福岡)を呼びよせ、小林に対し「トップチームで俺にパスをくれ」と口説くように指示。森本に口説かれたことで、小林はヴェルディジュニアユース入りすることになったらしい。作戦勝ち

順調にトップ昇格して2年後には19歳で東京Vの主将に就任したことは期待の表れでしょう。
のちに磐田へのレンタル移籍・完全移籍となりますが名波浩監督就任後、大成長

名波監督と言うことは素直に聞いてた印象がありますね
やっぱり天才には天才が一番説得力があると思います。
その後、オランダのへ―レンフエーンに移籍。活躍してました。

左利き、特徴的な髪型、強気なコメントなど本田圭佑と似てると言われてますがプレーは小林のほうが天才的ですね

俳優の竹内涼真は東京ヴェルディユース時代のチームメートだったことは有名な話。
竹内の1個上の代です。

代表複帰の時「俺が俺が」じゃなくてチームに自分を合わせていくと発言したところは海外での経験が活きてるんでしょうね

うまくても戦術にフィットしないと出場できないことの重要性が身に染みてるんでしょう

そんな一皮むけた天才に期待が膨らみます

日本の常識を破るのはこの男しかいない・・

見る者を唸らせるプレー 豊後の国のスペシャリスト サガン鳥栖 藤田 優人

以前明治大学はいい右SBを輩出すると言いましたが、忘れていけないのが、私の故郷大分県が生んだ最高のSB

藤田 優人

明治北SSC (大分市立明野東小学校)
1999年 – 2001年 カティオーラFC (大分市立明野中学校)
2002年 – 2004年 長崎県立国見高等学校  
2005年 – 2008年 明治大学
2008年東京ヴェルディ1969入団
2009年12月26日に横浜F・マリノスへ完全移籍
2010年12月27日、横浜FCへの期限付き移籍
2011年12月27日に柏レイソルへの完全移籍が発表。
2013年のナビスコカップ決勝では、後に右膝前十字靭帯損傷(全治約8ヶ月)[2] と判明する重傷を試合中に負いながらも、負傷した右足からのクロスで工藤壮人の決勝点をアシストし、チーム14年ぶりとなるカップ戦優勝に貢献した。
2016年、サガン鳥栖に完全移籍。

明治北SSC→カティオーラ→国見 コースは名選手を輩出

清武 弘嗣 明治北SSCカティオーラ→トリニータU-15
清武 功輝 明治北SSCカティオーラ→トリニータU-15
三浦 淳寛 明治北SSC→明野中学→国見
永井 篤志 明野西→明野中学→国見 *三浦と同級生 国見で全国制覇

サガン鳥栖では小林祐三と熾烈なレギュラー争いも見もの

どのチームでも監督に認められてきた適応能力は特質

玄人好みのプレーですね

藤田よ

いつか故郷大分のトリニータでのプレーを見たい!

独特の雰囲気だけで相手を無力にする 天才 家長 昭博

久保建英がレンタル移籍したマジョルカには過去に大久保 嘉人とこの天才が在籍していた・・

地元長岡市の長岡京サッカースポーツ少年団からガンバ大阪ジュニアユースに入団。ガンバ大阪ユースチームに昇格し活躍し、高校2年時にトップ昇格、ガンバ大阪とプロ契約を結ぶ。

当時オシムが指揮を執ったフル代表に選出されたが、好不調の波が激しくガンバ大阪ではレギュラーとなれず・・

出場機会を求めて大分トリニータへレンタル移籍するも右膝前十字靭帯損傷により全治6ヶ月の重傷を負った。その後入団テストを兼ねてイングランド(2部リーグ)プリマスFCの練習に参加。クラブ首脳陣から高い評価を受けたが労働許可証取得ができず契約できず、大分への期限付き移籍期間を1年間延長。

怪我も癒えトリニータでも活躍するとセレッソ大阪に移籍しACL出場権獲得に貢献した。
その後。スペインマジョルカに移籍

マジョルカでも活躍も監督交代により出場機会を失い蔚山現代(韓国)に期限付き移籍。活躍するが
古巣のG大阪からのオファーによりへ期限付き移籍。最多の得点を記録したが、チームは成績不振で史上初のJ2降格。

複数のJ1クラブからオファーが届いたがG大阪と契約を延長した。2013年6月、期限付き移籍満了により退団し約1年半ぶりにマヨルカに復帰し、リーグ戦7試合に出場。

その後大宮アルディ―ジャへ完全移籍。シーズン中盤以降はゲームキャプテンを任されるなど活躍もチームはJ2へ降格。

他のJ1チームからオファーがあったが残留しクラブ初となるJ2優勝および1年でのJ1復帰に貢献した。 30歳を迎えて「再び挑戦したい」という思いから川崎フロンターレに完全移籍で加入。シーズン開始前の怪我で出遅れたものの、徐々にチームにフィットし、最終節での逆転J1優勝、川崎のJ1初優勝に貢献した。オフには古巣のG大阪から獲得オファーを受け心が揺らいだが、最終的には川崎への残留を決断。

その後は益々チームに落ち着きを生むキープと左足から繰り出されるパス・シュートで川崎のリーグ2連覇に大きく貢献。最優秀選手賞(MVP)及びベストイレブンを受賞。

ちなみに・・ガンバユースの出身で、ユースチーム在籍中にトップ昇格を果たしてた稲本潤一・新井場徹に次いでクラブ史上3人目。

本田 圭介とは同期(東口とも)

家長と同じポジションのため本田はジュニアユースからユースに昇格できず星稜高校へ・・

本田はその挫折を乗り越え日本代表まで登りつめ・・

エリートであった家長の方は怪我などで不遇の時代も経験するもやはりここまでの活躍するプレーヤーとなっている

ちなみに本田と家長はかなり仲が良さそう・・

家長が最優秀選手賞(MVP)を受賞時にはビデオレターで祝福。照れ屋な二人の微笑ましいエピソードです・・

どうでもいい話ですが・・・

トリニータの強化部の人ってかなり凄い・・・

見る目があるというか・・地方クラブなのに・・

地元の銭湯で・・家長を見かけたことがあることが私の小さな自慢です・・

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右サイドの貴公子 玄人を唸らせる 室屋 成

FC東京で久保建英と抜群のコンビネーションを見せていたサイドバック
南野 拓実と幼なじみなのは有名な話
大阪府出身の2人は青森山田高校とセレッソ大阪ユースと進路は別れたが森保ジャパンで再会という漫画の様な話

明治大学出身で長友にしろいいSBが育つ大学だなと感心

とことん仕掛けるプレースタイルだけど守備もしっかりするし相手にとって嫌なタイプだろうなーー

FC東京はこの右サイドをチェック

スピードスター 永井 謙佑 速さにうまさが加わり止められない・・!

この速さは反則・・・

FC東京の永井 謙佑を始めて見たものは必ずこう思うだろう

永井は父親の仕事の都合で幼少期に家族と共にブラジルに移住。兄の影響でサッカーを始め本場のストリートサッカーを。

小学生の時に帰国し福岡県に移り住み九州国際大学付属高校に進学。3年時には全国高校サッカー選手権に出場。 当時、東福岡や東海第五などの強豪校を退けたエースとして注目されていた。

大学は九州の名門福岡大学に進学。1年時より10番を背負い活躍!

アビスパ福岡やヴィッセル神戸の特別指定選手としても活躍し卒業後が数チーム競合の上名古屋グランパスに加入。

名古屋グランパスでも快足を活かし活躍。その活躍が認められ・・

2012年にベルギーのスタンダールリエージュに移籍

しかし、活躍できず失意の中、名古屋グランパスに復帰

徐々に復調してきた中、契約交渉が上手くいかず数チームからのオファーを受けFC東京へ移籍

代表はU-18やユニバーシアード代表・ロンドンオリンピック代表そしてフル代表を経験するも近年はフル代表に選出されていなかったが30歳となった今年久々に選手されると2得点の大暴れ・・

前線からのチェィシングなど守備意識が高く森保監督のサッカーにフィット

快足に加え得点力も上がり前線からの守備、ファ―ストディフェンスを惜しみなくする姿は見るものを魅了する

実際に近くで見た方は理解できるだろうが とにかく初速が早い

前田 大然も速いが永井は本当に凄い・・

後半途中からこんな選手出てきたらDFはたまったもんじゃない?

献身性を備えたこのスピードスターは強豪国との試合でカウンターに有効!

FC東京の長谷川監督の指導で選手としての幅が広がっており益々の活躍が期待できる!

日本のベイルはまだまだ速くなっている!!!