ミスターベガルタ 梁 勇基 杜の都のバンディエラ

どんな選手でも別れが来る・・

でも梁 勇基には来ないと思っていた そうミスターベガルタ仙台には

大阪府に生まれ小学校から朝鮮学校に通い大阪朝鮮高校では全国的にも有名な選手になる

阪南大学に進学しその才能は更に開花

そして2004年当時J2のベガルタ仙台に入団

入団当初からレギュラーを掴み類まれななパスセンスで攻撃を牽引

2006年よりエースナンバー10を背負い活躍

2009年のJ1昇格に貢献しミスターベガルタの地位を確固たるものとする

また朝鮮籍のため北朝鮮代表にも選出され21試合出場5得点の記録を持つ

日本と国交のない北朝鮮での代表活動は簡単なものではなかっただろうが、Jリーグで揉まれたテクニックは本国の選手とのアクセントとなり代表でも存在感を示していた

J1でもコンスタントに出場

選手の入れ替わりも多く、降格争いにおいても精神的支柱としてを回避できたのはこのバンディエラの存在は大きい

また東北の震災時には復興のシンボルとして躍進したチームを鼓舞し続けたのがこの男である

温厚でみんな愛される人間性はベテランの年齢となり出場機会が減少しても、同ポジションの選手へのアドバイスを送り続ける姿を、泉総合グランドでサポーター達は何度見たことか

サポーター愛され、選手・スタッフに愛され、仙台に愛されたこの選手は旅立って行く

クラブは選手ではなくコーチを含めたスタッフでの契約を提案したらしいが、この稀代の天才MFはまだまだ現役選手としての道を選んだのである

仙台との別れは永遠ではないであろう

クラブはこれほどの選手には最大級の敬意を払っているに違いない

幾ばくかの月日を経てば・・この男が納得する選手生活を終えれば・・

また杜の都に帰ってくるであろう

その間、アドバイスを受けた若手選手を含めた選手・スタッフがベガルタ仙台の新しい歴史をつくる必要がある

間違っても下のカテゴリーになって迎えてはならない

更に強くなったベガルタ仙台として迎えるのがミスターベガルタへの最大の敬意である

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